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一点集中化計画

この人は男気あるな、そんな方のエピソードをご存知でしょうか?

世の中には夢を諦め、やむなく途中からサラリーマンになった方がいらっしゃいます。

そういった人には、とても深みがある方が多い印象がございます。

ある機械メーカーでの話です。そこでの、私の上司だった営業部長のお話しをしたいと思います。その部長を、ここでは仮にM部長とします。

M部長はリーゼントで、スーツとメガネが、ちょっと茶色がかっていました。笑顔がとても優しい方で、笑うと少し銀歯が見えました。

外見はまさにこんな感じです↓(写真は三浦大輔さん)

噂では、M部長はミュージシャンを目指していたが、花開かず40歳を過ぎてから就職活動を開始、今の会社に来たという話でした。

とにかく「勢い」ですべて解決し、何事も丸く収める…

「クレームを2秒で解決する男」。

そんな異名が、社内で轟いていました。

そしてその手腕を買われてどんどん昇進し、数年で部長になられたという話しでした。

そんなM部長は休日に、背中に龍が昇っている革ジャン姿を街なかで目撃されたり、、

部下と飲みに行けば、酔ってブルースをシャウトする、公私ともにロッケンロー!な人であると、先輩から聞き及んでいました。

、、

M部長は、決まって昼休みは部下を従えてカツカレーを食いに行き、

その帰りには「茶!しばくぞ!!」と言っては喫茶店に入り、

コーヒーを飲んでは「うまい!豆が違う!」とコメントする人でした。

基本的に、セリフ全部の末尾に「!」が付くような、気持ちのいい方でした。

やはりミュージシャンは違うなあと、私含めみんなは、M部長を慕っていました。


その頃、私は入社したてで、しかも、したくもない営業をしていました。

それに、したくないのに、私は自分から志望して営業職についていました。

というのも、私は学生の時にビジネス書にはまって、どの本にも「営業はしとけ!」「ビジネスの基本は営業!」みたいな事が書かれていたので、単細胞な私は「とにかく実行や!」と自分を鼓舞し、本当に営業職についたのでした。

よくある意識高い系でイタイという、当時の私はそんな感じの人間だったのです。

もちろんそんな人間に、したくない営業でいい成績を出せるはずがありません。

私は所々で、事を炎上させました。 理由は当然、私の対応が悪いからでした。

「隣の量販店では御社の製品がうちより安く売られている。だからうちへの仕切りをもっと安くしてくれ!」

と言われれば

「それはあの店が身銭を切ってやってらっしゃるのです。経営努力をされてるんだと思います」

と返し、、

「あんたのとこのHDD、データ消えたぞ!復旧しろ!!」

と言われれば

「機械なので壊れる事はあります。HDD本体の交換にて対応いたします。」

「データは約款に書いてある通り、対象外です。データを保証しないからこれだけの安さを実現できてます。保証できるようにすると、価格は10倍以上になりますよ」

、、

そんな直球の正論で返す。。 私の対応は、上記のようなものでした。

何で規約外の事を無理やりさせようとするのだろう?

なぜそんなに買い手が偉い!という空気を出すのだろう?

利益になるからうちと取引してるだけでしょ???

いつもそんな事を考えていました。

なので、そこまでストレスを溜めてまで仕事をするという、この社会というものが本当に不思議でした。

ことあるごとに言われる 「そこを何とかするのが営業だろう!」 というセリフが、本当に嫌でした。

、、

もちろん防ぎきれないクレームも多くあり、、

時々駅中にある、個人がやってるようなHDD復旧業者を訪問して、たいそうな金額を払って直してもらったりするたびに、なんとも悔しい気持ちになりました。

(自社にデータ復旧の部門などありません。ていうか、普通は復旧しません)

これはメーカーとしての視点ですが、お客さんというのは基本、感情的です。感情でものを買い、感情でクレームをつけます。

そして、質の悪い量販店は、そういったユーザーからのクレームをメーカーに丸投げします。

「奥さんの出産シーンの動画が消えた!!どうしてくれる!!」

「うちは30年続く街の写真屋さん。。お客さんから預かったSDカードの画像が全部消えちゃったんです。。」

言い方悪いですが、その辺で撮った景色一枚でも、出産シーンでも、同じただのデータなんですよね…

出産シーンだから保証するとか「ない」んですよ。。。

写真屋さんみたいな、商売で画像扱ってる人が、市販の廉価版HDD1つに全財産保管すんなよ!!!なわけです。。

特にこの、街の写真屋さんの件は一向におさまらず、最後にはY電機の常務が東京からやって来て、新人の私は文字通り死にかけた、なんて事もありました。

、、

でも、、そんなもがいている私に対し、先輩はいつも「うまくやれよ」と言いました。

うまくやる?? うまくやるってなんだ???

この問題は、一生私には解けそうにありませんでした。

それに、私は至極当然の対応をしていると、自分では思っていました。

社会の不条理さを、それこそ毎日感じていました。

なぜ悪くもないのに謝るのですか?

協賛金」って何ですか? くれないともう注文しないって、それって「脅し」じゃないですか?

なぜ「店舗改装」にメーカーの人間が駆り出されるんですか? これ「違法」ですよね??

数年営業をしましたが、本当に、本当にたくさんの事がありました。

コンシューマ(量販店)は質が悪い、、ビジネスライクなコーポレート(法人営業)に行きたいなあ。

当時の私は、そんな事を考えていました。


そんな私にとって、M部長の対応は衝撃でした。

例によってまた私がクレームを炎上させた時の事です。

クレームの内容は、「〇〇電器が出すチラシの、無線LANの価格がいつも必ずうちを下回る。情報が流れてるんじゃないか? 説明しろ!!」というものでした。

(こういった「チラシの価格」のクレームは、TOP3に入るくらい、よくあるものです)

そしてこの対応に、M部長が同伴してくれる事になったのです。

得意先にクレーム対応に行くのですから、その日は重々しい空気が流れていた、、、

と思いきやそうではなく、M部長は至って普通でした。

それどころか、いつも通り、社員1人1人の肩をガッ!と掴んで、「元気そうやな!!よっしゃ!」と挨拶して回るという調子でした。

私は部長の、どんな状況でも調子を崩さない、この男っぷりが好きでした。

一応私はM部長に、今日はよろしくお願いします、と申し上げに行きました。

M部長は一言「OK。今日は俺がやるから」とおっしゃりました。おまえはただ付いて来い、と。

私はすっかり恐縮しました。


昼休みが終わりました。そろそろ得意先に出向く時間です。

M部長はスーツを肩に掛けると、さっそうと歩きはじめました。私は慌てて付いて行きました。

一体どうやって解決するのだろう、、

まさか暴力が絡むとか??

ロッケンローと喧嘩はニコイチ、、

2秒で解決というのは、一発KOの事なのかと。。

いろんな思考が頭をめぐり、私はハラハラしていました。

、、

電車を乗り継いで30分、、 得意先のビルに着きました。

M部長は上着を着て、止まることなくその流れで「じゃ、行くか」と言いました。

あまりにも自然な流れでビルに入っていくので、私の方が焦りました。

そしてエレベータを下り、目の前の扉を開けると、先方が座っているのが見えました。

、、

私は目の端で、、突然部長の体が90度に折れるのを捉えました。

そして次の瞬間、、

この度は!! すいませんでしたぁぁぁぁ!!!!

、、

響き渡る、渾身の謝罪。。

鋭角の腰、一糸乱れぬリーゼント、

十分な声量、支配する静寂、、

なんだ? 何が起こった!?

私含め、相手も「え?、え??」と状況の判断に務めるありさま。

会って数秒、、

一瞬で勝負は決まってしまいました。

そうです、これがM部長の、部長たるゆえん…

部屋に入る前、確かに部長はちょっとモーションが入ってました。

あえて技名をつけるなら、真空飛び土下座、そんな感じです。

一瞬ベクトルが上に向き、そのままエネルギーを水平に投げ出す…

あまりにも完璧に決まった、この全力の謝罪に、、相手は意識が飛んだようでした。

あ、はい」とか言いながら、、え〜と、今こんな問題があってですね、、

とか何とか言ってましたが、、、結局は

「いや、御社の商品はよく売れるからね。うまくやっていきたいと思ってるんだ。今後も一つよろしく頼むよお」

などと言って、あっさり話は終わったのでした。

、、

私はここに、営業の真髄を見ました。

誠心誠意、全力、行動で示す、、 営業におけるキーワードを、M部長から感じ取りました。

結局、相手は最近会ってないから、話をしたかっただけなのかも知れない、、

帰り際、私はそうとさえ感じました。

(実際、長期で挨拶がないと、機嫌が悪くなる得意先は多くありました)

M部長はと言えば、隣で「いやあ、よかったな!!話が分かる人たちで!!!

と豪快に笑うのでした。

同時に、この仕事は「話せば分かってもらえる」と信じる事が何より大事であり、営業とは人付き合いのプロフェッショナルであると、私はこの時改めて実感したのでした。


その後私は、兼ねてからの望みであった技術職に転身しました。

昔は「色々体験したい」という精神で、その中の一つが営業だったわけですが、周囲には迷惑をかけたと思います。

営業していたからか、私はユーザや売上中心で物事を考える人間になっていますが、こういうのは技術者として、あまり普通じゃないのかもしれません。

でも自分はこれでいいと思っています。

今後の展望としましては、、、

M部長のような声量がでかい、社員の肩をガッ!と掴んで回る、そんな豪快な技術屋を目指している次第です。

M部長、お元気かなあ。


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